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核恐怖の代償は

 

  恐怖の報酬という名映画がありました、イヴ・モンタンが主人公で、火災現場にニトログリセリンを運ぶというストーリで、これには手に汗を握ったものです。その報酬は2000ドルでした。

 

  さて、今私たちは核兵器が使われる可能性の中に住んでいます。その非保有国の人々が恐怖を感じているかどうかは別にして、保有国は相手に恐怖を持たせて支配しようとしているのです。ならば巻き添えになる人々には恐怖の報酬を払わねばならないことになります核保有国が払わねばならないその額は、映画と同じとするなら2000ドル×50億人=10兆ドルになります。

 

  人を大量に殺し、文化を破壊し、地球上の人や生物を滅亡に追い込み、100万年は環境を修復不能にすることを目的とする「核」。それをますます使いやすい小型化にしようとしています

  核を使って相手国からの核報復が無いということはあり得ませんから、使うと必ずやられれるという、武器として考えると全くの欠陥品ですが、それが判らないで持ちたいと考える人がいます。

  また有るということはテロの手にわたる可能性もあるということで、それが手で運べる大きさになって普及したら、どうなるのでしょうか。ネットで見ると製造法が出ています。

 

  ロシアに7000発、アメリカに6800発、フランスに300発、中国に270発、英国に215発、パキスタンに140発、インドに130発、イスラエルに80発、北朝鮮に20発。いったいいつどう使うのでしょうか。

  武器は使うために作られているものです。それを持って恫喝している。さらにその発射ボタンを数人の人間が持っているという恐ろしいことが進行中です。人間の愚行というか、狂気というか。

 

  その核廃絶に対する国連の動きに対して、唯一の被爆国の日本が水を差しているのも不思議です。核を廃絶をすると安全(保障)にならないという不思議な理屈で。核の傘と言うものは核攻撃の的を曝していることなのにです。

 

  国家予算を世界中で足すと、1000兆円(10兆ドル)ぐらいです。100億人の地球に住む人たちは、等しく地球上で平安に生きる権利があるはずですから、それを脅かしている核開発者と核保有国はその人々の恐怖に対しての補償をするのが適当だとなります。

  2000ドル×50億人はちょうど10兆ドルになります。

 

  保有数比例の割り勘にしたらどうでしょうか。全ての地球人が核保有税という核恐怖の代償を保有者に請求するのはいかがでしょうか。その国ごとの金額はいくらでしょうか。

 

  とりあえず所有数で比例して負担額を出してみます(左)

  順番ですが、まずアメリカとロシアが1/10にしたとすると(右)になります。

  

ロシア     7000発   4兆6800万ドル  →  700発   2兆7600万ドル

アメリカ   6800発 4兆5500万ドル  →  680発   2兆6800万ドル

フランス   300発    2000万ドル   →  300発   1兆8300万ドル

中国     270発    1800万ドル   →  270発   1兆0650万ドル

英国     215発    1440万ドル   →  215発     8500万ドル

パキスタン  140発     940万ドル  →  140発    5500万ドル

インド     130発     870万ドル  →  130発     5100万ドル

イスラエル   80発     430万ドル   →   80発     3200万ドル

北朝鮮     20発     130万ドル   →   20発      800万ドル

 

というわけで、競争して保有量を減らさないと、保有国は大変なことになります。

0発にすれば0ドルです。

 

  これは炭素税の如く、核保有代償税としてまず国連に納めます。これの核禁止条約加盟国の人々への配分法を考えねばなりません。これに問題があるでしょうが、もちろん核が無くなれば考える必要のないこと。これは核保有代償税の提案です。

 

    単純計算での10兆ドルという金額が、各恐怖の代償の金額と世界の国家予算の総額とがほぼ等しくなるということは、不思議な意味を持っているような気がします。たぶんこれは支払えない額でしょうから、核の保有が許されないということでもあります。

 

  一人あたり2000ドルでも安すぎると思うのですが。

                                          (大森弘一郎)

 

 

  追記

 

  これを書いた数日後に元広島記念館の館長であったスティーブン・リーパーさんのお話を伺いました。

  リパーさんはアメリカ人でありながら、被害者の心も判る方とお見受けしました。

アメリカ人はアメリカの国土の中に住む人ですが、日本人にはわかりにくい多民族の多様性の国で、今は民主主義の平等感や多数決の結果に従うなどの主義とは離れた状態にあるようです。

  お金を軸にした階層の有る競争社会になってしまっているようです。

  日本と戦うために育ち、さらにったソ連との冷戦で育った戦争産業が、国家予算の多くを占めるブラック予算からお金を得てさらに太ろうとしている。

  戦争産業は戦争という消費が必要であるために紛争を作ろうとする。そういう戦争文化の国になってしまっている。

  日本の平和文化を世界に広めてほしい、核廃絶はその有効な発端だから、被爆国の持つ「絶対の発言権」で世界をリードしてほしい。

  という話でした。

 

  講演記録を7月中にこのHPにアプロードします。