2014年2月6日
交詢社地球環境研究会 講演録    記録:野澤拓磨
講演者:東京大学・総合研究博物館 米田穣 先生
講演題目:「食生態からみた縄文人の適応戦略」

■概要
 講演者の米田氏は,放射性炭素を始めとする様々な同位体を組み合わせ,過去の人々や動物の生態系における位置を評価することで,食生活や移動履歴を復元する研究を行っている. 本講演では,同位体による生態系の研究に加え,人類学及び考古学の見地から縄文人の食生態に関する講演が行われた.

■先史時代の生活にせまる
 先史時代(人が文字を獲得する前の時代,日本では旧石器時代から弥生時代が該当する)においては,過去の文献資料をたよりに当該時期における人類の歴史を知る事は不可能である.このような時代を知る唯一の手がかりは,発見された遺跡や遺物などの分析を通して得られる情報のみである.しかし,発掘によって得られる考古学的資料は,遺跡形成とそれに続く体積中での埋蔵の過程でバイアスがかかっている.例えば,骨や貝殻などの動物質の食料は遺物として発見されやすいが,植物遺存物はよっぽど埋蔵条件に恵まれていない限り出土することはない.そのため,考古学遺物から当時の人々の暮らしぶりを予想することは必ずしも容易ではない.
 
■同位体分析により食生活を探る
 前述のように,遺跡などから発掘される遺物から該当時期に人々の生活を知ることは難しい.そこで,米田氏のグループでは,人骨中に残されたタンパク質,例えばコラーゲンなどを同位体分析することで,当時の彼らの生活を予想する試みを行っている.同位体とは,同じ元素だが質量数の異なる原子のことである.炭素や窒素などは植物や動物などの有機物に最も多く含まれる元素であり,動物や植物の種類によって,それらを構成する同位体の比率が異なることが知られている.人間や動物の体は,基本的には食べたもので構成されるため,骨や軟部組織は食料とした動植物の同位体比を反映していると考えられる.つまり,骨や軟部組織に残されたタンパク質の同位体比を分析すれば,彼らの食生活をある程度分析可能である.
 
図1 骨の化学分析の概念図.左下は人骨が出土した遺跡.右下はコラーゲンの図.

 

 図2 同位体の概念図.例えば炭素には12C,13C,14Cの3種類の同位体がある.
■同位体分析によって見えてきた縄文人の食生態
 縄文時代の人骨を調べてみると,非常に面白いことが明らかになった.図3は縄文時代後期の人骨中のコラーゲンを同位体分析によって地域ごとに調べた結果である.この図から,炭素と窒素の同位体比は,北海道,本州,沖縄で大きくことなっており,明らかに食生活に違いがあることがわかる.北海道の縄文人の骨は,15Nや13Cなどの質量数の大きな同位体を多く含んでいる.これはオットセイやアシカなどの海産哺乳類を多く食していたことを示している.一方で,本州の骨からは魚類やC3植物を多く食している傾向が,沖縄の骨からはラグーン作物中心に摂取している傾向が見られ,それぞれの違いは顕著である.ここでいうC3植物とは,C原子を3つ含むホスホグリセリン酸を光合成で合成する植物で,質量数の大きな炭素同位体13Cの比率が少ない.食用の植物としては米や麦,栗,団栗などが該当する.一方C4植物は,C原子を4つ含むオキサロ酢酸を合成する植物で13Cの比率が大きい.トウモロコシ,ヒエ,アワ,サトウキビなどが該当する.
 
図3 縄文時代後期における人骨中コラーゲンの同位体分析の結果

 このような結果から,これら3つ地域ではそれぞれ独自の食文化が縄文時代には築かれており,アイヌ,本州,琉球の元となる文化が縄文時代にはすでに根付いていたと考えられる.また,縄文後期に伝来したと考えられている稲作についても,実際に取り入れられたのは本州の人々の間のみであり,北海道や沖縄では広がらなかったのではないかということも伺える.

■同位体分析からみえる食生活の移り変わり
 縄文時代の骨の分析結果を他の時代と比較すると,さらに驚くべきことが明らかになった.図4は縄文時代後期,江戸時代,現代の同位体比分析の結果を比較したものである.サンプル数の違いはあるものの,現代人の骨から得られた結果は同位体比のばらつきが縄文時代や江戸時代の場合と比べて明らかに小さい.これは現代人が地域や環境の違いに寄らず,ほぼ同じ食物を摂取していることを示唆している.縄文後期が約3,300~4,500年前,江戸時代が約200~400年前であることを考えると,たった数百年もの間に人類の食生態は驚くほど変化したのである.
 
図4 同位体比分析結果の比較.

 


Q&A
Q. 人骨が発掘された遺跡の図があるが,これは発見された当時の画像?
A.発見されたそのままの画像.老人夫婦,若年夫婦+子供1人と二世帯の遺骨が発見された.死因は明らかでないが,一説では,河豚の毒にあたって集団食中毒で死んだと言われている.縄文人は亡くなった人を貝塚や使われなくなった家などに埋葬していた.

Q.縄文人はソース顔,弥生人は醤油顔と言われるが,今は両方いると思うのだが?
A.確かに両方いる.弥生時代に渡来した朝鮮系の人種が農耕を広めたと考えられている.最終的には混血し,今のような状態になっているのではないか.

Q.農耕は支配階級を生み出す要因になったか?
A.あり得る.農耕の到来は人々の生活を豊かにした一方で,貧富の差を生み出す要因となっただろう.また,稲作は大規模な投資であり人手も必要なため,人々は村での生活を余儀なくされたはずである.

Q.現代人のタンパク質の同位体比が偏っているのは都市化の影響であると言ってよいのだろうか?
A.そういう見方もできるだろう.都市化が進み流通が発達することで,全国どこでも同じようなものが同じ価格で手に入る.その結果,人々の口にするものもほぼ同じものになったのだろう.

Q.この研究から未来の人類について何か思うことは?
A.かつて,狩猟民族だったネアンデルタール人は滅び,雑食であったホモ・サピエンスである我々は今も生き続けている.その理由は,ホモ・サピエンスが幅広い食生活の文化を持っていたため,環境適応能力が高かったためであろう.しかしながら,同位体分析の結果からも明らかなように,現代人の食文化は偏っている.このように,多様であった食文化を喪失しつつある人類が,今も高い環境適応能力を持っているかは疑問である.

Q.縄文人と現代人,どちらが幸せだと思う?
A.それは分からないが,縄文後期には狩猟生活を辞めずに続けた人々がいたことも考えると,中々良い生活ぶりであったのではないかと思う.人口が増えてきたグループが,やむを得ず稲作に転じたこともきっとあっただろう