2013年11月7日
【放射線を恐れて付き合う】

東洋公衆衛生学院 診療放射線技術学科 西澤徹先生

交詢社地球環境研究会例会 講演  記録 澁谷泰蔵

西澤先生にお話し頂く意味(大森弘一郎より)
  福島第一の事故を受けて,放射線の健康への影響に対する関心が高まっている.原発推進派に聞けば安全だといい,反対派に聞けば危険だという.これでは本当のことがわからない.中立の立場から解説できる人物が必要である.今回は,その適任者として,医療技術として放射線を日常的に利用し,人材の育成に携わる西澤先生をお招きしました,放射線に対する考え方を学びたいと思います.


本日のテーマ
  1 mSv/年という単位が除染目標として語られている. 診療放射線技師を育成する教員という立場からこの量について解説し,親しみを持ってもらうことが本日のテーマ.

放射線とは何か
  放射線とはエネルギーを伝える能力のある波.エネルギーとは何かをしでかす能力のこと.例えば,放射線は細胞内の染色体を切ることができる.ただし,染色体の切断は普段から起きており,自然回復している.回復力を超える量の放射線を受けることが問題である.

■放射能と放射線:よくある混同
  しばしば,放射線と放射能の混同を見かける.放射線を出す能力が放射能である.つまり,放射能を浴びるという表現は意味をなさない.放射線を浴びるというのが正しい表現である.


放射線の原因:放射性壊変
  原子核は陽子と中性子で構成されている.自然界に存在する元素の原子核の多くは安定である.しかし,一部に原子核が不安定なものが存在する.このような元素は,安定なものとは中性子の数が異なり,放射性同位体と呼ばれる.

  これらの同位体は,放射線を出しながら安定なものに変化する.これを放射線壊変という.たとえば,水素の同位体であるトリチウムは放射線を出しながらヘリウムに変化する.トリチウムなどの放射性同位体は自然界にも存在する.

  また,トリチウムは軽水炉の通常の運転でも発生し,法律で定められた基準値以下に希釈して海に捨てられている.医療用の放射性同位体も,

同様に希釈して下水に流している.

ベクレル(Bq)
  放射性壞変は確率的な現象であり,一秒間あたりに崩壊する原子の数をベクレルという単位で表す.例えば,一秒間に3個の原子が壊変すれば,3ベクレルと数える.


■半減期
  放射性壊変によってある原子核が別の原子核に変化するが,元の原子核の半分の量が変化するのにかかる時間を半減期という.例えば,20個のトリチウムのうち,10個がヘリウムになるまでの時間が半減期である.半減期は人工的に短くすることができない.


■3種の放射性壊変と3種の放射線
  放射線壊変にはアルファ,ベータ,ガンマの3種類がある.これらの壊変に対応して,アルファ線,ベータ線,ガンマ線と呼ばれる放射線が発生する.アルファ線はヘリウムの原子核,ベータ線は電子線,ガンマ線は短波長の電磁波のことである.透過力は線の種類とエネルギーによって異なり,人体への影響も異なる.一般にアルファ線は透過力が弱く,ガンマ線は透過力が強い.

■シーベルト(Sv)
  シーベルトは放射線防護に用いる単位で,将来のがん発症確率を数値化したものである.シーベルトは放射線のエネルギーの単位であるグレイ(Gy)から,人体への影響を考慮した重み付けによって決定される.例えば,1グレイのガンマ線を脳に浴びた場合は.0.01Svで,同量のアルファ線を骨髄に浴びた場合は2.4Sv とされている.数値が大きいほど,将来がんを発症する確率が高くなる.

■体外被曝と体内被曝
  放射線にさらされることを被曝という.被曝には2種類あり,体の外から被曝を受ける体外被曝と体内に取り込んだ放射性物質から被曝を受ける体内被曝がある.アルファ線,ベータ線は皮膚で止まるため,通常は体外被曝としての影響は考えない.ただし,エネルギーが高い場合は,ベータ線熱傷などの可能性がある.ガンマ線は透過力が強く,遮蔽し,距離を取るなどの対策が必要である.

  体内被曝は,組織が直接放射線にさらされるため,あらゆる線種で影響がある.人体の構成元素と化学的性質が似ているものは,それらに変わり体内に蓄積するものもある.放射性セシウムはカリウムの代わりに筋肉に,放射性ストロンチウムはカルシウムの代わりに骨に蓄積する.透過力の低いアルファ線やベータ線は測定が困難である.


■被曝の上限値
  被曝には上限値が定められている.放射線を取り扱う職業従事者には,100mSv/5年,50mSv/年という値(職業被曝)が法令で定められている.また,一般には1mSv/年という値(公衆被曝)がICRP(国際放射線防護委員会)の勧告によって定められている.これは法令ではない.また,がんの放射線治療など医療行為によって受ける医療被曝の量は,医療を制限しないために制限がない.


■被曝の上限値に対する誤解
  上限値を超えると危険で,上限値以下ならば安全という誤解がある.しかし,上限値は防護上の目標値であって,それを超えると突然危険になる,というものではない.特に,1mSv/年を超えると危険と考える人がいるが,1.1mSv になると突然健康被害が出るというものではない.


■1mSv/年は安全か:LNT仮説に対する放射線技師の考え方
  広島・長崎の被爆者の疫学的な調査は100mSv以下の被曝に関するデータがない.100mSv以降は被ばく線量とがんの発生率に線形の関係が認められるため,これを100mSv以下に延長もしてよい,と考えるのがLNT(直線しきい値なし)仮説である.これはICRPにも採用されているため,放射線技師は,患者が受ける放射線量はなるべく減らすほうが良いという教育を受ける.

  しかし,平均で0.8mSv/年の被曝がある放射線技師のがんの発生率には,一般の人とは違いが見られないため,LNT仮説には疑問があるというのが多くの放射線技師の見方である.また,シーベルトはがんに罹患する確率を数値化したものである.確率である以上個人によって捉え方に差がある.これは,降水確率30%の時に傘を持って出かけるか,という問題に似ている.


■確率的影響と確定的影響
  放射線障害には確率的影響と確定的影響の2種類がある.確率的影響の代表例はがんの発症であり,確定的影響の代表例はリンパ球の減少や脱毛である.確定的影響は100mSv/年から比べれば,相当量の放射線を浴びないと発生しない.


■福島事故のこれまでの影響
  体外被曝(主に137 セシウムからのもの)と体内被曝(食品基準である100Bq/Kg)のどちらも確定的影響を超えるものはない.確率的影響もおそらくではあるが,「影響があるかないかわからない」という程度であると思われる.


■除染目標に対する考え方
  現在の除染は,汚染された表土の除去という方法で行われている.イタイイタイ病のカドミウム除染では1630ヘクタールで8000億円の費用かかっている.この値を参考にすれば,全ての土地を1mSv/年以下にするには約689兆円かかるという計算になる.これは実現不可能な金額である.社会的・経済的要因を考慮して,影響を可能な限り抑えることを行為の最適化という.今後の除染基準の動向に注目したい.


■質疑応答


Q.福島の子どもに甲状腺がんが見つかっているが,これは事故の影響か.
A.そうではないと考えられている.被曝によって甲状腺に影響が出るのは3?4年後であることが知られている.また,日本人は日常的にヨウ素を摂取しているため,甲状腺への放射性ヨウ素の蓄積は少ない.こどもの甲状腺がんの発見は,単に検査が増えたからと考えられている.


Q.汚染水を浴びた作業員が,ベータ線熱傷したというニュースがあったが,その後亡くなったか.
A.亡くなったかについては分からない.当時の汚染水には現在は取り除かれているセシウムが含まれていたため,ベータ線に加えてガンマ線熱傷があったかもしれない.これは骨髄まで及びリンパ球の数を減らし,体の抵抗を下げてしまう.

Q.福島第一原発の吉田所長の死因は被曝によるがんか.
A.違うと思われる.彼の死因は食道がんであるが,放射線と食道がんの関連性は知られていない.広島・長崎のデータには食道がんはない.


Q.テレビ等で真っ白い防護服を見かけるが,あれは放射線を防げるものか.
A.体外からの放射線を防ぐ能力はない.あれは内部被曝対策である.着用することで放射性物質を体内に入れず,体表面にも付着させないという効果がある.


Q.通常,アルファ,ベータ,ガンマの線種は混ざっているのか.
A.混ざっている.


Q.染色体を切る能力はどの線種が高いのか.
A.アルファ線が高い.


Q.放射線自体が体内にとどまることはあるか.
A.ない.


Q.遺伝の影響はどう考えればいいのか.
A.これは確率的影響の範囲である.動物実験では奇形児などが見られているが,人間においては確認されているケースはない.


Q.がんの放射線治療はどの程度なのか.
A.一例を挙げれば,5週間で20グレイである.この量は確定的影響の範囲であるが,時間をかけて照射することによって確定的影響の発生は避けている.ただし,治療によってがんを罹患する2次がんという問題はある.


Q.放射線医療はこれから発展するか.
A.発展すると思う.25年前に1日の利用者は25名程度だったのが,現在は倍になっている.治療の存在が認知され,精度も向上し,利用できる施設も増えてきた.今後も伸びると思われる.

 

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