2013年10月3日  

交詢社地球環境研究会例会 講演録
講演者 横浜国立大学大学院工学研究院 グリーン水素研究センター長 特任教授 太田健一郎先生
講演題目「グリーン水素社会への展望」
記録 岡野智宏


0. はじめに
 タイトルに示されている「グリーン水素」とは再生可能エネルギーを利用する水素を指す。現状、議論にあがる「水素」とは化石燃料を用いて生産されたものであるため、将来的に考えた場合問題がある。将来的には水より水素を生成し、水素エネルギーを用いた持続可能型の成長社会へとつなげていくことが目的である。

 

1. エネルギーと環境


  21世紀における人類持続的成長の鍵として3Es(Energy:資源確保と紛争、Economy:人口増大と経済成長、Environment:地球温暖化と環境破壊)があげられる。過去、第二次世界大戦後の日本は中東の安価な石油を用いることで経済成長を加速させていった。化石燃料の枯渇が危ぶまれる今日において、中国・インド・アフリカ諸国は経済発展していく際に必要な資源の確保が重要な問題となる。Energyの問題は20世紀には中東の石油に端を発する中東戦争が起こったように、喫急に解決すべき問題である。現在では中国、アメリカを中心に石油の代替材料となるシェールガスが採掘可能になったことにより、資源確保による国際問題は収まっている。

 

  このEnergy問題と密接に関わるのが、Environment問題、特に地球温暖化問題である。この問題は化石エネルギー多消費への警告である。現在のような安価に利用できる石油のピークはすでに過ぎている。そして、現状の化石燃料を環境破壊なしで採掘できるのは西暦2500年程度までと考えられる。すなわち、我々人類は10億年かけて堆積してきた化石燃料を約700年で使い切ってしまうことになる。ゆえに現代人は1000 – 2000年スパンのエネルギーを今から考えていかなければならない。

  ここで、物質循環の観点から炭素と水を比較して見ていく。下図に示すように水の存在量は炭素の7万倍と多量である。


 

 また、それぞれの環境負荷係数(エネルギーで発生する炭素または水の放出量 / 自然に放出される炭素や水の量)を比較すると、水は炭素の1/100以下であり、水の方が持続可能であることがわかる。さらに東京都区部で比較すると、炭素の環境負荷係数が35000であるのに対し、水素の環境負荷係数は0.12と約1/300000となっている。このため、水から合成されるグリーン水素は環境保存において格段に優れていると考えられる。今後は、東京都区部の水素の環境負荷係数を地球全体の炭素における環境負荷係数0.036以下にすることが目標である。
 

 

 

2. 一次エネルギーの将来


2.1 化石燃料
化石燃料は近年シェールガスの開発が進んでいる。シェールガスとは地下数百~千メートルのシェール層(頁岩層)に閉じ込められた天然ガスである。以前は中小企業のみが採掘に動いていたが、北米においてオイルメジャー各社が参入したことにより採掘が本格化した。この結果、現在の化石燃料と比べ長期(100年以上)の可採年数と推測された。しかし、このシェールガスも有限であり、また、シェールガスはメタンガスを主成分とするため、温室効果がCO2より大きい。そのため、長期的に見ると環境的に悪影響を与える可能性が高い。加えて、排出されたCO2の貯蔵場所として地中が挙げられる。しかし、対流に約2000年かかるため、将来地上へ漏れ出す可能性がある。

 

  2.2 原子力
原子力エネルギーは東日本大震災により明らかになった地震対策・安全対策の必要性、放射性廃棄物にかかる10万年という時間の保証の2つの問題がある。現在、すべての原子力発電所が稼働停止している。即時の原子力撤廃には産業界との議論が必要であるが、将来的に撤廃する必要がある。

 

  2.3 再生可能エネルギー
現在、風力発電は日本での賦存量は小さいが、強風地域で発電し、送電することが可能になれば非常に安価(10-15円 / kW)な電力を得ることが可能になる。ドイツではすでに風力発電技術を推進している。日本で利用されている風力発電所には貯蔵用の電池(ex. 北海道苫前町苫前発電所のレドックス電池 、青森県六ケ所村二又発電所のNAS電池 )が存在しているが、これらの電池は数時間しか電力を貯蔵することができない。つまり、電力貯蔵と再生可能エネルギーの輸送を共に達成するためには、現状技術では化学物質を利用する手法しかない。本手法は、風力発電を始めとする再生可能エネルギーにより生み出された電気を用いて水分解を行う。水分解を行うことで水素を作り出し(2H2O → 2H2 + O2)、その水素を有機化合物と反応させることで、有機水素化物を作り、輸送する手法である。その有機水素化物の例としてトルエンに水素化を行うことにより、メチルシクロヘキサンを合成する方法がある。


この方法にあたり、千代田化工建設が300℃で安定して稼働する触媒を発見した 。今後、1年の長期な実証実験をする必要があるが、この発見により水素の長距離輸送が可能になると予測される。

 

3. グリーン水素社会に向けて


3.1  水素について
  現存する元素の中で最も軽い元素である。沸点が-250℃と低いため、室温では気体で存在している。問題点としては爆発限界が広い(爆発しやすい)ため、混合水素は爆発するリスクが高い。また、燃えている際に可視化できないという問題点もある。しかし、単位体積当たりの燃焼エネルギーは都市ガスより小さく、家庭用湯沸かし器より安全であると言える。

 

3.2  水素の製造法
  水から水素を工業的に合成するプロセスとして水電解法がある。これは自然エネルギー等を利用して水を電気分解する手法である。本手法はアルカリまたは固体高分子を含んだ水、あるいは高温水蒸気電解を行い水素を生成する方法である。水電解法における反応過程は


                           正極 : 2H2O + 2e- → H2 + 2OH-
                           負極 : 4OH- → 2H2O + O2 + 4e-
                                ⇒ 2H2O → 2H2 + O2


である。よって、正極側に水素が発生、負極側に酸素が発生する。我が国において特に用いられている手法の1つに水に食塩を混ぜた食塩水を電気分解する方法がある。この方法は


                         2NaCl + 2H2O → Cl2 + H2 + 2NaOH


で表される反応過程で反応が進む。この方法による我が国でのH2生産量は1.2×109 Nm3 / 年 ( = 10万t / 年)である 。

 

3.3  海外の取り組み


  アイスランドでは豊富な水力・地熱発電を利用した水素利用を進めている。この計画では2020年に脱化石燃料、水素社会の実現を目指している。生み出された水素は主にバス、乗用車、漁船への利用が計画されている。このために必要な水素量は8~9万t / 年 (= 4~5TWh)であり、アイスランドで経済的に発電可能な再生可能エネルギーの10%である。また、アイスランドは断層地帯にあり、地震の発生回数が多い。そのため、大規模地熱発電(40000m2 規模)が出来る可能性を秘めている。また、パイプラインを用いて間欠泉から電力と熱の同時輸送を行っている。

  カナリア諸島では地方政府所属の研究所(ITC : Instituto Technologico de Canarias)で風力発電の開発計画が進んでいる。ここでは風力により生み出された電力を用いて、海水の淡水化や水素合成を行っている。最終目標として、風力発電とそのエネルギーを用いて生成した水素のみで全土のエネルギーを賄おうとしている。

  パタゴニア地方(アルゼンチン南部)は強風で有名な土地である。現在はパタゴニアの平原に日本の風力発電所を建設する予定がある。この件に関しては日本とアルゼンチンの間に協定文書が調印されている。そのため、日本の資本を用いて風力発電所を作り、生まれた電力から水素を合成し、日本に輸送するという計画が進んでいる。しかし、現状では現地の風の強さに耐えうる風車が完成していないため、風車の改良を進めている最中である。パタゴニアの開発可能な風力エネルギーは日本の発電送料の10倍である9.7兆kWh / 年、そのエネルギーか可能な水素の生産量は1.9億t / 年 (燃料電池車15億台分)と試算されている。しかし、アルゼンチンは日本から見て地球の裏側に存在するため、電力を超長距離輸送するという課題がある。今後10年間で輸送技術開発を進め、計画では2025年を目途に水素を日本に輸出し始める予定である。

 

4. 燃料電池と応用

 

  燃料電池は燃料として水素、酸化剤として酸素を用いており、以下の反応過程によって電気を取り出すことが出来る。


                         正極 : O2 + 4H+ + 4e- → 2H2O
                         負極 : H2 → 2H+ + 2e-
                               ⇒ 2H2 + O2 → 2H2O + 電気


  特徴として、低温で高い理論効率を持ち、小型で効率低下がなく、低騒音・低振動である。さらに生成物として環境汚染物質をほとんど出さないため環境にやさしい。現在の理論的な発電効率は室温で83%であるが、実際の燃料電池の発電効率は50%以下であり、改良の余地がある。さらに、発熱反応(電気 = エネルギー を生み出す)であるので、原理によると高温においては不利な反応である。 

  燃料電池自動車に関しては主要自動車メーカーが2015年度より販売予定である。しかし、水素ステーションを含めたインフラの整備が課題となっている。政府戦略としては水素ステーションの設置及び水素の低コスト化を進め、2025年に燃料電池自動車と水素ステーションが自立拡大していくと計画している。現在は水素ステーションが東京圏、大阪圏、中京圏、福岡圏のみに設置されており、当面はそこから輸送していく手法をとる。2025年には各都道府県に配置予定である。また、現在は車体価格が1000万円弱と高価である。この主要因は白金が排ガス浄化のための触媒として使用されているためである。

  この代替物として現在開発されているのが、Zr (ジルコニア)酸化物である。これは電池出力あたりの材料費が白金と比較して20分の1程度である。自動車に搭載するためのZr酸化物の作製は今後の課題である。触媒開発を始めとする技術革新 を行い車体価格を500万円程度、将来的に200万円以下にすると計画されている。

 

[質疑応答]


Q. 揚水をあげるエネルギー(ex. やんばる海水揚水発電所 : 再生可能エネルギーの話にて登場)は?
A. 現在は化石燃料を用いた火力を利用している。今後は風力に転換できればよいと考えている。揚力発電はピークカットのために使っている。大規模にすればもっと貯蔵できる。しかし、やんばる海水揚水発電所はヤンバルクイナの生存地付近のため、大規模にするのは現実難しい。

 

Q. トルエンに水素をつけると何になる?
A. メチルシクロヘキサンになる。この状態で日本に持ってくる。これを脱水素して、トルエンに戻す。

 

Q. トルエンに水素はつきやすいのか?
A. 200℃で触媒を用いれば反応させることができる。この化学反応は発熱反応であるのでいちど反応が起こると自然に継続する。

 

Q. 水素がついたのを持っていくの?水素を分離して持っていくの?
A. 千代田化工建設ではプラントを作ってそこから水素をデリバリーするシステムを予定。液体水素になるか、高圧水素になるかは現在実験中。どちらにせよ、トルエンを回収する仕組みを構築する必要あり。

 

Q. ガソリンスタンドに持って行って、トルエンを吸い上げるのか?
A. そうなるかも。

 

Q. トルエンの質量で何%が水素になるのか?
A. 6%。水素貯蔵合金は3%の領域しかできていない。

Q. 体積1リットルあたりのエネルギー密度は?
A. ガソリンと比較すると桁は落ちる。そのため、大量に持ってくる必要はある。大型タンクを使えば体積的なコストは変わらない。

 

Q. 燃料電池車の現状について?
A. 現状、路上駐車は問題ない。しかし、地下駐車においては換気が常にできる状態でないと万が一のときに問題となる。

 

Q. トンネルでぶつかったら?
A. 爆発が起こった例はない。よほどの条件でないと爆発しない。仮にトンネルで燃料電池車同士が衝突しても30秒安全なら問題ない。5台での玉突き事故なら問題である。現在の規制では危険性を考慮して海底トンネルは走れない。

 

Q. 二次電池においてなぜリチウムにしなかったのか?
A. トヨタとかに自信がなかった。

 

Q. 液体水素で運んでくるのは難しいのか?
A. 長距離輸送では自然蒸発があり、減らすには急いで運ぶしかない。しかし、これにはリスクがある。

 

Q. 合金の水素貯蔵がもっとよくなる可能性は?
A. 室温ではよいが、価格が高い、比率が稼げない。アルカリ水素化物は密度が高いかも。アルカリはライドから酸化物ができるかも。Mgも温度条件がからむし、大規模では厳しい。

 

Q. 有機アルカリハライドの方が安いのか?
A. 液体はハンドリングがしやすい、安くするのも可能だが、固体は厳しい。

 

Q. 有機アルカリハライドの発展の余地は?
A. まだわからない。簡単にできるとは思わない。触媒の観点からみるかも。

 

Q. カナリア諸島で海水から作る淡水は飲料水用?水素用?
A. 飲料水にしているのは確か。

 

Q. 電気分解の効率は?
A. エネルギー密度ベースでは7~8割。電気エネルギーベースでは98%(NEDO)。計算方法によって変わるし、吸熱と発熱でも変わる。

 

Q. 水素をつくる場所はやはりパタゴニア?
A. パタゴニアが有力。今後はそこからもってくる技術を確立。もしかしたら、風力発電所も日本製で作るかも。2050年にCO2排出量(温室効果ガス)を半分、2100年に80%減にするとしたら役に立つ。現在の燃料電池車ではCO2をゼロにすることはできない。

 

Q. CO2を減らすために有力なのが風力発電?
A. 輸送までを含めて楽観的であるが、12~13円 / kWと考えている。太陽光では30円 / kWくらいかかる。(cf. 原子力は税金投入をして10円 / kWくらい。)

 

Q. 強アルカリ電解に耐えられるのは金属で本当に大丈夫なのか?
A. 反応を防ぐために炭素素材が候補に挙がっている。

 

Q. マグネシウムに電気を貯める手法が水素のライバルになる?
A. アルミも電気を貯める量では同レベルであるので、産業化されているアルミでもいいのではないか。